けんじけんブログ

作曲家:川井憲次に関する最新情報を集めている憲次力研究所(けんじけん)のブログです。

作品紹介『櫻の園』(さくらのその)

たか厨@けんじけんです。関東では桜の季節は過ぎてしまいましたが、今回のお題は映画『櫻の園』です。

原作:吉田秋生
監督:中原俊
脚本:関えり香
撮影:石井浩一
出演:福田沙紀、寺島咲、杏、大島優子AKB48)、はねゆり武井咲潘めぐみ米倉涼子菊川怜上戸彩京野ことみ大杉漣富司純子
上映時間:102分
公開日:2008年11月8日

本作の音楽について語る前に、『櫻の園』の系譜と個人的な思い入れについて少し語らせて下さい。
櫻の園』は、まず吉田秋生によって描かれたオムニバス漫画(1985〜86年連載)があり、この漫画を元に、同名の映画版(1990年公開)が、じんのひろあき脚本、中原俊監督という布陣で作られました。
……毎年、チェーホフの『櫻の園』を上演している女子高で、上演までの数時間に起こる出来事を描いた映画版は、少女たちの揺れ動く心の機微を巧みにすくい上げた脚本と演出、ほとんどがオーディションで選ばれた主要キャストたちの清新な演技とがあいまって、高い評価を得、興行的にも成功を収めました。
筆者も劇場で観て、男ながらに感動し、映像ソフトや関連書籍を買い集めたぐらい、思い入れのある作品です。
だから、その'90年版を中原監督自身がリメイクし、しかもその音楽を川井さんが担当とのニュースを聞いた時には、嬉しくもあったし、大いに驚かされもしました。
というのも'90年版で流れる音楽は、全てクラシック曲だったので、リメイク版である本作も、てっきりその路線を踏襲するものと思っていたからです。だから川井さんの起用は嬉しい驚きでしたし、初参加の中原監督作品で、どんな音楽を聴かせてくれるだろうかと筆者の中で、大いに期待が高まりました。


本作が公開された2008年、川井さんが他に担当された作品を挙げてみると、映画は『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『L change the WorLd』『ひぐらしのなく頃に(実写版)』『おろち』『イップ・マン 序章』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』『斬〜KILL(押井監督編のみ)』、テレビ作品は『機動戦士ガンダム00 セカンドシーズン』『七瀬ふたたび』『科捜研の女(SPと第4シリーズ)』『ケータイ捜査官7』『沸騰都市』となります。
川井さんが、自身の担当作を「死人が出る率が多いです」「誰かが戦っています」と、いささか自虐的に語られることがありますが、押井監督の演出回に挿入歌を1曲提供したのみの『ケータイ捜査官7』と世界各国の都市を取材したドキュメンタリー企画『沸騰都市』を除けば、見事に「誰かしら死人が出ている」か、「誰かが戦っている」作品ばかりですね(苦笑)
ですから「登場人物の誰も死なないし(正確には過去に亡くなった人が1名いることが伝聞で語られますが)、誰も戦わない」本作の音楽を、川井さんは楽しんで書かれたのではないかと筆者は想像するのですが。

本作のサントラは14曲入りで、トータル時間は23分25秒です。本編で使用された30秒程度のブリッジ的な曲が数曲、未収録のようですが、本編に使用された主要曲は、全て網羅されたアルバムです(ラストシーンからエンドロールにかけて流れる、スピッツによる主題歌は未収録)。
サントラでは、少女たちが公園で『櫻の園』上演への決意を新たにし、練習に励むシーンに流れる軽快な曲『しあわせの足音』の5分11秒が突出して長いくらいで、他の収録曲は1分未満が5曲、2分未満が5曲、2分20秒未満が3曲と短めの曲ばかりです。
本作の上映時間102分に対し、川井さんが作曲された音楽は合計で30分に満たないわけですから、「ここぞ!!」という場面にしか音楽が流れない、かなり抑制された音楽設計の映画と言えるでしょう。

本作には「学校側が反対する中、果たして無事に『櫻の園』を上演出来るのか?」というサスペンス要素もありますので、不安に揺れる少女たちの心情を反映した暗い雰囲気の曲が多いです。
しかしサントラを通して聴くと、やはりピアノを基調にした静かな雰囲気の楽曲が印象的です。楽器編成も小規模で、派手さはありませんが、ゆったりとした温かい曲調の音楽が、時に迷いながらも、歩みを止めない少女たちの心情に寄り添うかのようで、心に凛と響きます。
櫻に囲まれた少女たちの園の為に、川井さんが用意した豊穣な音楽世界……是非、ご堪能ください。

最後に本作の映画としての出来について、正直に言及しますと、「う〜ん」と首をひねらざるを得ないですね。やはり'90年版の出来が良すぎました。'90年版には存在していた、一度しかない青春への胸が締めつけられるような憧憬や哀切さが、本作には欠けていると思います。特別出演に名を借りた、余計な登場人物も多いですし。
本作をご覧になって不満を覚えた向きは、'90年版や原作としてクレジットされている吉田秋生の漫画(はっきり言って本作とは別物です)にも触れてみてください。
本作のサントラを聴きながら、原作漫画を読んでみるのも一興かもしれません。筆者もやってみましたが、漫画の繊細な世界観に、かなり合っていると思いましたよ。お試しあれ。